限定解除日記

限定解除日記

現在は教習所で大型自動二輪免許が取れるようになりましたので、このような 限定解除体験記は過去の遺物となってしまうかもしれません。しかし、一発試 験を受けて見ようという物好きな方の為と自分の日記代わりとして書かせても らいました。

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愛媛県の試験の特徴(1996.10月現在)

事前審査、試験共に毎週木曜日の朝8:30〜9:00受付 試験受付後コース発表、その後試験

他の県に比べると、コースが狭いので特殊な走りが要求される(と思う)。 また急制動だけが独立しておこなわれる。具体的にいうと、発着点からスタート し、一本橋やスラロームなどのコースを走り終えて発着点に戻る。その後採点 塔に登り教官の話を聞き、そこで急制動に行けるかどうか(減点が30点以内ならOK) を教わる。その後コー ス走行を終えた人間は採点塔の下にある待合室で待つ訳だが、ここには急制動に いける人とダメだった人がいるのでやけにはしゃいでいる人や落ち込んでいる人 や壁に蹴りを入れている人などがいる。他の試験場でいう「完走」というのと 「急制動へ行く」というのがニアリーイコールだと思われる。 全受験者がコース走行を終えると、急制動に行ける人が呼び出されその人達だけ で急制動を行う。制動する地点が待合室のすぐ横にあるのは陰謀かと思われる。 制動に行けなかった人は「ええなー、ええなー」と指をくわえて見ている。 合格発表は試験後約1時間してから電光掲示番にて。

きっかけ

最初に限定解除を意識したのは、当時の愛車であるBandit250の兄貴分GSF1200が デビューしたときでした。先輩にブーツを借り、事前審査を受け、準備が整った 時にメットを盗まれてしまい一気にやる気が失せてしまいました。今考えるとあ んまりやる気がなかったのでしょう。せっかく金髪を黒にそめたのに。

次に「限定解除しよう!」と心に誓ったのは、それから数年たった頃でした。 卒論の時期に重なっていましたが、友人がXJR1200にさっそうと跨り僕のバイト先 であるコンビニに現れた時に「卒論<限定解除」となってしまいました。友達が 帰った後に、しばらく自分でもやもや考えていたのですが明け方突如その友達に 電話し「俺、限定解除するけん手伝ってくれ」と宣言したのですが、訳もわ からないまま起こされた友達は「う?うん」というしかなかったのです。その日 のうちにブーツを買いに走りました。

愛媛県では、大型の練習が出来る場所は試験場である愛媛県運転免許センターしかあ りませんでした。当然教官などいるわけがなく、コツを教えてもらったり自分の走り を見てもらうには誰か上手な人と知り合いにならねばなりません。それができない人 はとりあえず試験を受けて、試験官に注意された点を直して行くという方法をとるし かないのです。その点今回は前回と違い、つい1週間前に合格した友人がいるのでそ ういうノウハウを書き込んだコース表をもらい、さらに限定解除ライダー仲間が欲し いという心理をうまくついて協力してもらい、実際に採点してもらったりしました。 そういう点ではかなり恵まれていたと思います。

事前審査

限定解除を思い立った週の木曜日に受験しました。4人受験して全員合格、ちょっと 驚いたのは普通のスニーカーで受験している人が2人程いたことです。たしか前は ブーツじゃないと受験すらさせてもらえなかったはずなのですが。

話はそれますが、この時一緒に事前審査を受けた方と後に知合いになり一緒に頑張っ ていたのですが、この方は試験5回目位から姿を消してしまいました。合格したら 一緒にツーリングに行こうと約束をしていたのですが、どうなったのでしょう。 お仕事が忙しくなったのでしょうか。

練習の日々

最初は750ccのバイクに乗れると言うだけでワクワクしていました。もともとコ ースを覚えるのは苦手なので、他の人の邪魔になってはいけないと気遅れしていた ら、とにかく走ってこいと友達に言われて1回目の練習してきました。

ここで話を脱線して練習の説明ですが、練習時間は土曜日は練習不可、日曜日は1日 中その他の日は朝、昼、夕と時間が分けられ、その時間の30分程前から受け付けが 始まります。何分前から始まるかはその日の都合次第なので、かなり時間を制約され てしまいます。ひどい時など、開始時刻の45分前に試験場にいくと予約はいっぱいで 雨の中片道30分かけて泣く泣く帰った事がありました。 そこへあらかじめ窓口で買っておいた練習券 (基本的に3枚セット、1枚600円で10分の練習)を持って行くと何時何分から 何号車に乗るように指示されます。この時すでに試験を受けるのと同じ恰好をして いないと注意されてしまいます。僕はブーツをジーンズの中にいれて普通の靴のよ うにしていたら注意されてしまいました。

事前審査終了後にさっそく練習券を1万円分購入し、練習に向かいました。 いままでのっていたのが250ccでしたからさすがにVFR750Kはでっかく感じまし た。しかし、乗りにくいと言う事はなく安定感があったので心の中で「バイクの操作 に関しては大丈夫だな」と秘かに思っていました。実際に走り出してスラロームや S字、クランクを走ると意外と上手に乗れていると友達にいわれました。波状路は中 型を取る時には無かったので一気に走り抜けてしまいましたが、そのほかはまあまあ でした。ただし、確認や走るスピードは無茶苦茶でした。

こうして30分の練習を終えて夕方の練習時間まで2時間程友達にいろいろ教わりなが ら過ごし、今度は友達にも練習券を渡して僕の前を走ってもらう事にしました。 友達と同じように走る事ができれば、合格するわけですからコピーしようというわ けです。

僕は卒論だけの毎日でしたので2週間程毎日30分練習し、友達が暇な時は練習を採点 しにわざわざ試験場まで来てくれました。2週間ほどたち合格ラインまで達したと友 達に言われたところで、試験を受ける事にしました。 先週が1コースでその前が3コースだったので2コースだろうと狙いをつけ、 2コースを集中的に練習をしました。

試験1回目

前の晩から緊張して迎えた試験1回目は晴天で、すがすがしい日でした。12月になっ たばかりで多少寒かったのと、試験場が海に面している為に風が多少きつく一本橋 が怖そうなこと以外はなかなか良いコンディションでした。 9時になりコース発表。電光掲示板に「2コース」 と表示される「よっしゃ!」と思いながらコースへ移動。噂では10年間受験してい ると言われているミスタージャージマンとよばれるおじさんが試験車両を暖気してい ました。この人は毎回雑用のような事をやってくれるので試験官も受験者も助かって いると聞きました。

受験者が待合室で待っていると試験官が歩いて来て簡単な説明をはじめました。その 後試験開始です。僕はゼッケン2番をとってしまい焦っていたのですが、この日は ゼッケン15番から30番へ、そして1番から15番へという順で試験する事にな りました。試験車両はVFR750Kが3台とVFR750Fが1台で、このVFR750Fが 癖のある乗りにくいバイクということで不評でした。直進安定性があって、外で乗 るには良いのでしょうが、狭い試験場ではかえって乗りにくいという事です。試験 官もそれは承知の上なようで、実際に受験者が少ない時にはこのVFR750Fを除い た3台で試験を行っていました。僕はKの方に乗る事になり、一安心でした。 試験官に2番さん出発してくださいといわれたあと、ドキドキしながら発進しまし た。実際は意外な程落ち着いていて、一番恐れていたコース間違いなど無く無事に 完走しました。まあ1回目は絶対落とされると言うし、気楽に行こうと思っていた のが良かったのかもしれません。採点塔に登る時には「いけてるかも」と思ってい ましたが、ところがどっこい外周での車線変更が5メートル遅い*2とスラローム コンマ2秒遅い、一本橋8・6秒、確認忘れ数ヶ所を指摘され急制動には行けませ んでした。

自信あったのにちくしょー。思えばここからが辛い日々の始まりでした。

試験2回目〜試験5回目

お金がもったい無いので練習には1週間に1回だけナナハンの感触を忘れない為に 乗る事にしました。後はイメージトレーニングで何とでもなるからです。 このあたりで気付いた事を書いておきます。愛媛県で受験するには大事な大事な事 です。

その1、スラロームはコースが狭いので特別扱い。測定器のセンサーを踏 むまでは減速してはいけません。その為に確認やウインカー遅れやコースどりが膨 らんでしまってもここだけは特別に減点されません。僕はこれを試験5回目を落ち た時にはじめて教官に教わりました。

その2、一本橋は最悪でも9秒台で。はじめ僕のプランとしては、一本橋は落ちる と中止なので8秒台で走って他の減点をなくせば良いやと思っていました。しかし、 それでは甘い、甘すぎるのでした。コースを走った後に採点塔にて教官からチェッ クが入ったコース表を見せてもらいながらどこどこ がダメだったと教えてもらえるのですが、減点が30点未満のはずなのにいつまでたっ ても急制動にいかせてもらえませんでした。それは何故かと考えた結果このような結 論に達しました。そうです「中止になるくらいなら減点で」ではなく「9秒以下だと どうせ落とされるから中止でも同じ」の心構えでいかなくてはならなかったのです。

この二つに気がつかなかった為に2回〜5回は落ちたといっても過言ではありません。

試験6回目

なぜ6回目だけ特別かと言いますと、一本橋を気にするあまり一本橋を落ちて検定 中止となったからです。一本橋を渡っている途中に特訓につき合ってくれた友達と 目が会ってしまったというのが主な理由です。

なんとこの日、勢いで近所のバイク屋にGSF1200Sを注文に行く。

試験7回目

上で述べた内容を気にしながら完走、思いっきり手応えがあったので勇んで階段を 登りました。試験官に話を聞いているとどこそこが悪いと指摘を受けたので「はー またダメかー」と思っていると「後藤田君(もはや名前を覚えられている)は急制動 いったことあるんかいのう?」「いえ、ないです」「じゃあ、いっちょいってみよ うか」と言う事になり、気分は最高でした。採点塔から降りて待合室に戻り友達や 知合いになった人に勝利の報告、みんなおめでとうと祝福してくれました。 絶対に一回で決めてやると思い急制動が始まるのを待ちました。ミスタージャージ マンも何度目かの急制動行きを決定してそわそわしていました。

いよいよ急制動へ行ける人の名前が呼ばれ、試験が開始されました。こういう仕組 みで急制動が行われるので緊張がピークに達します。止まれれば、免許ゲットです から。他の県の方に話を聞くと急制動なんか簡単でしょ、なんて言われますが普段 の半分位しか力がでません。こう書くと不謹慎かもしれませんが、街乗りで必要に せまられて急制動する方がまだ上手にできます。で、試験の方ですがあっさり止ま れてしまったのでスピードが足りなかったか?と思ったのですが、見ていた人は 「おめでとう、合格やね」とか「完璧」とか言ってくれました。外で見ていた、師 匠であるXJR乗りの友達も99・9%合格と言っていました。いつもはつらい昼飯 タイム(だって急制動いってないってことは落ちてるってことですから)も楽しく過 ごしました。が!!。

昼飯を食べ終わり「大丈夫でしょう」と言われながら一服しているとアナウン スがあり「只今より、午前の実技審査の発表をおこないます。キンコーン、 キンコーン」と流れます。また、このキンコーンから表示までの時間が長い長い。 ドキドキしながら待っているとパッと表示されます。自分の番号を探すと「な! ない!」「がびーん」この時はかなり落ち込みました。もう試験受けるの止めよ う、これ以上僕になにせいっちゅうねんという気持ちでいっぱいでした。 ちらっと急制動を連続6回失敗した方の話を思い出してブルーになりました。

知合いが思い余って、受験票を返還してくれる窓口の教官に「この子、どうして あかんかったんですか?」と聞いてくれると「スピード足りんかった」と教えて くれました。理由が分かったのとバイクを買った以上止めるわけにはいきません。

ちなみにミスタージャージマンは見事合格されてました。次の週から誰が試験車両 の暖気をするのかちょっと気になりました。実際は僕と友達連中でやることになる のですけど。

試験8回目

今日バイクが納車されるとあって一層気合いが入りました。先週の精神的ダメージか らスランプに陥るかと思いきや、今回も急制動に行けました。 今回はスピードが足りない等と言わせない為にも、メーター読みで50キロで 突っ込みました。今度はうっかり右足をついてしまいまたもや不合格でした。

この日はサルのように急制動を練習して帰りました。

バイクが納車されるが免許が無い僕にはエンジンをかけるくらいしかできない。 マンションの奥の物置のようになっている駐輪場に二人がかりで封印する。こう すれば意志が弱い僕でも無免許で乗ったりはしないだろう。

試験9回目(合格)

XJR乗りの友達も9回目で通っているのと、二桁突入だけは避けたいという事で かなり焦っていました。お守り代わりに先週納車されてマンションの裏で眠って いる愛車の鍵をポケットに入れときました。試験の方はコースを完走後に採点塔 に登ると試験官はもう何もいわずに「お疲れさまでした。制動にいってください」 とだけ言われました。 我ながら、上手になったと思います。採点塔を降りようとすると、「あー後藤田 君。制動何回目?」と試験官に声をかけられ「えーっと3回目です」と答えると 「そろそろビシッと決めようね」と言われました。

今回は急制動のスタート地点で順番を待っていても全然緊張しませんでした。 加速している途中にニュートラルに入ってしまいましたが、750ccのパワー なら十分加速できるのでそれほど焦りませんでした。思いっきり完璧に止まる事 ができ、手応えも十分でした。100%合格を確信していたので、電光掲示板で 自分の番号を見た時も「よしよし」と結構冷静でした。顔は思いっきりにやけて いたそうですけど。

発表後にいろいろ講習があり、2時間程待つのですが、その間に友達が僕のBandit に乗って僕のマンションへ行き、GSFに乗って帰って来てくれました。試験場から 帰る時には大型2台でえらそうに帰りました。

試験場を後にしながら2度とくるかボケー! と心の中で秘かに思いましたが、次の週からは別の友達の試験を高みの見物しに 行くのでした。

感想

途中「いつになったら通るんやろ」と思う事が度々ありました。もしかしたら 永久に免許とれんかもしれんと弱気にもなりました。直角に曲がれなどと無茶を言わ れて枕を濡らした夜もありました。しかし、いまとなれば他人事です。 また、週1回しか試験が無いと言う ところが曲者で、木曜日に試験に落ちてから次の木曜日までが長い長い。落ちてから いつまでもブルーになっている訳にはいかず、次の週に入る頃にはまたコンディショ ンを整えねばなりませんでした。その点がつらかったです。しかし精神コントロール とバイクの運転は多少なりとも上手になったと思います。これは大きな収穫だと思い ます。それと後は知合いがいっぱいできたのも嬉しい点の一つです。

そもそも、限定解除に関しては「軍隊」というイメージが一番最初にありました。 最初に限定解除をしようと考えた1回生の頃の僕は金髪、ピアスといういでたちで 「見ためで落とされる」とハーレー乗りのおっちゃんに言われていました。それから フルフェイスもダメだとか、メットには白いテープを貼らないとダメだとか。出発 するときは手を挙げて大声で「よろしくお願いしまっす!!」といわないとダメだと か、確認の時は見るだけではなくうなずかないとダメだとか..etc..。 実際はその65%位が本当なのですが、そんなにビクビクする事もないかなと思い ます。

その他に感じた事といえば、愛媛県はやっぱり難しいのかなと言う事です。僕は限定 解除MLに参加しているのですが、東京から四国に遊びにこられた方と限定解除の話 で盛り上がると「なんか変」と言われてしまいました。僕は合格まで9回かかりました が、偶然かどうなのか合計4人の友達が限定解除して全員が全員とも9回目で合格で した。指定前教習生を除いて、若者と呼ばれる世代の人には多少厳しいのかなとも 思いました。それと、教えてくれる人(場所)が無い事もネックでしょう。ちなみに採 点塔の下にある待ち合い室の壁には下から丁度1メートル位の高さまで黒いシミや足 型がいっぱいついて色が変わっていますが、歴戦の勇者のキックの跡です。愛媛で受験 される方は思い出を刻んでおくのもいいかもしれません。怒られても知りませんけど。